
= 2005年2月16日〜28日にかけてのキリマンジャロ登山と
ケニヤ・アンボセリ国立公園でのゲームサファリ =
今回のキリマンジャロ登山は昨年3月にネパールのエベレスト街道(エベレストを仰ぐ、ヒマラヤトレッキング)の道中で「キリマンジャロに登りたい!」と話が出てそれが実現したものです。
その時のメンバー4人と同行することになった1人を加えての5名、その平均年齢は66歳というグループの奮闘記です。
2月16日(水)
20時40分にエミレーツ航空(JALとの共同運航便)で羽田空港を発ち人気の無くガランとした感じの関西空港にてUAEのドバイ行きに乗り込む。
機体が新しくシートの座り心地も良く、快適なフライト。
2月17日(木)
深夜のドバイ空港で更に乗り換えてケニヤのナイロビ国際空港への到着は12時10分。
日本との時差が6時間なので羽田からここまでなんと19時間30分!
ビザの取得と入国手続き、両替等をしてホテルへと向かう。
ケニヤの首都と言うだけあって高層ビルが立ち並び近代的な都市らしいたたずまいを見せている。
予約したホテルは市街地のど真ん中、周囲がバスターミナルになっていて、ものすごく賑やか。
ホテルにて現地旅行会社の人から明日からの動きを説明してもらい、ちょっと早いけれど買い物と夕食のためにホテルより出る。
夕方とあってスーツ姿のサラリーマン風の人やカラフルなブラウスの女性等、勤め帰りの人達でごった返している。気温は25度Cくらいで赤道近くなのにしのぎやすい。
スーパーマーケットで買い物を済ませて中華料理店に行くが18時開店とのことで、開いていたイタリヤ料理のレストランにて夕食。
食後ホテルに戻って長時間のフライトの疲れがあるだろうからと早々にベッドに入るが、外の騒音のために熟睡できず辛かった。
2月18日(金)
朝6時に起床、7時20分に迎えのバス(インパラシャトル)が来る予定だったので、早めに朝食を済ませてロビーでバスを待つ。
8時を過ぎても来ないので、旅行会社に電話をしてバス会社に連絡をしてもらった。
運転手がピックアップを忘れたらしく、バスを途中で待たせて旅行会社の車2台に分乗してバスを追いかけ何とかシャトルバスに乗れた。
車窓から見える景色は、今は乾季とあって赤茶けた土地が延々とつながる中に、土ぼこりをかぶって枯れかかった草、時折食べられる草を探している放し飼いにされた家畜の姿が見られるが、建物や人の姿は1時間おきくらいに現れる集落以外には殆んど見られない。
ただ集落の周囲ではバナナの葉が繁り、背の低い木の間には蟻塚が点在し、水路の底の方には水も流れている。
1時間以上も遅れてタンザニアとの国境のナマンガに到着。
ケニヤ出国手続きを済ませちょっと移動して今度はタンザニアのビザ取得と入国手続きをする。
全員の手続きが終わると休む間もなくバスに戻り、アルーシャに向けて出発。
やがて前方遠くにキリマンジャロの姿が現れた。
アルーシャで昼食休憩がある筈だったが、遅れていたためかその時間がなく、バスはすぐに出発。
途中、モシのインパラシャトルステーションで車を乗り換えて登山基地となるナカラホテル到着は17時。
部屋に荷物を入れた頃雨が降ってきた。
今回我々の案内をしてくれるガイドのタリモを紹介され明日からの行動の確認と諸注意を聞く。
ここは昨晩の騒々しいナイロビ市内と違い山の中とあって、静か過ぎるほど。虫の鳴き声を聞きながら、明日は晴れて欲しいと念じつつベッドに入る。
2月19日(土)=登山1日目
朝6時に起きる。窓から外を見ると、晴れてる!
すぐにカメラを持ってホテルを出て、高台に向かう。
目の前に朝焼けのキリマンジャロ、左手にマウエンジが早くおいでと呼んでいるかのよう。
全員で記念写真をとってホテルに戻り朝食。
自分で担ぐ荷物、ポーターに預ける荷物(10kgまで)、ホテルに置いて行く荷物と分けていざ出発。
10時10分に車に乗り坂道を少し登った所にあるマラングゲートへ。
入山手続きを済ませ、お昼のお弁当と水を受け取り、いよいよ登山開始。
今日はマンダラハットまでの標高差約1000m、12kmの行程。
熱帯雨林の中とあって山は見えない。途中で昼食をとり、さらに樹林帯を進む。
初めのうちはうっそうとした感じで高い木が多かったが、徐々に木が低くなり周囲が明るくなってきたらマンダラハット(標高2729m)に着いた。
4人1部屋の三角屋根のコテージに荷物を置いて、食堂へ行きティータイム。
その後マウンジクレイターまでハイキング。
木の上の猿の家族の歓迎を受け、道端の花々を見ながらゆっくりと登り、クレイターを1周して約1時間でマンダラハットへ戻った。
2月20日(日)=登山2日目
今日も晴れ。今日はホロンボハットまでの標高差約1000m、15kmの行程。
8時にマンダラハットを後にし、昨日歩いた道を少し進んで、マウンジクレイターとの分岐を左に行く。
もうこの辺りからは一面の草原になる。
やがて前面にキリマンジャロが姿を見せる。そのやや右にはキリマンジャロのやさしい、なだらかな曲線とは対照的なゴツゴツとした山容のマウエンジ峰が聳えている。
直射日光が皮膚に突き刺さるように強く感じられる。
道の両側には次々と花が現れて長い単調な登りにも飽きることはない。
下山してくる人達が「ジャンボー」と元気に声を掛けてくれる。
登山道の脇に木製のベンチとテーブルがあるところに昼食の用意がされていた。
少し早かったがキリマンジャロを見上げながらの昼食をとり13時10分にホロンボハット(標高3780m)に到着。
ここはマンダラハットよりやや大きな三角屋根のコテージが10棟以上も建てられている。
ここでも一番大きな建物が食堂棟だ。
もうすでに富士山を越える高さなのに、あたり一面は草が繁りきれいな花が咲いている。
そんな中でひと際目に付くのが、幹が太くてソテツの葉を短くしたような「セネシオ」それより背の低い、葉っぱで出来た杭のような「ロベリア」・・・ティータイムの後、キリマンジャロとマウエンジを見ながら、たくさんの草花の中を思い思いに散策してのんびりと過ごす。
2月21日(月)=登山3日目
今日は高度に体を慣らすためにここに滞在。
朝食も他の登山客が終わってからとゆっくり。
9時にハットを出て、高度順応のためにマウエンジ峰へと出掛ける。
昨日までの道よりも勾配のきつい登山道を40分ほど登ったところに、ゼブラロックと名付けられた縞々模様の大きな岩がある(標高3980m)。
カメラに収めてさらに登ってマウエンジとキリマンジャロとの分岐点に到達。
すぐ目の前に見えるマウエンジ峰への登山道はここから先はきつそうだ。
左手にはキリマンジャロの大きな山容がさえぎるものなく、そのすべてを見せている。
それに向かっての登山道が、一面が赤茶けた細かい石と砂で覆われた「サドル」の中に見られる。
「サドル」の先は急に傾斜がきつくなり、頼りなげなジグザグな道が上へと続いている。
左側の雪の上を双眼鏡で見てみると、幾人かの人影も見られる。
山頂はまだまだ遠い!
ここまでは軽い高山病の症状はみられるが皆、元気。
雄大な景色を楽しんで、来た道を引き返し12時15分にホロンボハットに戻った。
昼食をとり午後は明日からに備えて休養。
2月22日(火)=登山4日目
6時に起きて、朝焼けのキリマンジャロと雲海上に昇る日の出を見て朝食。
昨日休養したはずだが食欲はあまり無い。
コックさんに頼んで、持参した「おかゆ」を温めてもらい、梅干しや漬物と共になんとかお腹に収める。
8時15分に昼食を手渡されてキボハットに向け出発。
昨日の道より左へと行くと傾斜もゆるい幅の広い道になり、殆んど草花の無くなっただだっ広い荒野の中を延々と続いている。
途中で一輪車の担架に乗せられて運ばれる人とすれ違った。
空気が薄いのでゆっくり、ゆっくりと意識して歩く。
キボハットの屋根が見えてきたが、疲れてか足が前に出ない。
少し大きめの石に座ってお弁当を広げた。
強い日差しに照らされていても、じっとしていると寒い。
12時40分にキボハット(標高4750m)に到着。
ここは日本の山小屋のような大きな建物で、中は幾つかの部屋に分かれている。
男・女の区別なし10人の相部屋。
温かい飲み物でのティータイムの後、足慣らしに少し上まで昇ってみる。
山頂は見えないが、岩の陰には雪も見られる。正面、目の高さに見えるマウエンジ峰が意外と近く感じられる。下から見えた両方の山は相当離れていた筈なのに?
マウエンジの頂上部はたくさんの先の尖った岩が空に向かって聳えている。
キリマンジャロの女性的な山容と対照的に男性的な荒々しい感じがして、こっちにも登ってみたい。
頂上へのアタックに備えて、防寒の準備と必要最小限の荷物をザックに詰めて、17時に夕食。すぐにシュラフにもぐり込むが頭が冴えて眠れない。
2月23日(水)=登山5日目
起床は、22日22時。体を横たえていただけで殆んど眠れなかった。
窓からは星の煌めきが見える。天気は大丈夫だ。
温かいココアを飲んで、体を温める。
体調が悪く「これ以上は無理!」という一人をベッドに残して、23時にガイド、サブガイドと共に頂上に向けてアタック開始。
外へ出た我々一行を満点の星が出迎えてくれた。でも強い風が吹いていて、すごく寒い。
満月が空にかかりヘッドランプがいらないくらいに明るい。
富士登山のような気持ちで気軽に歩き始めたが、いくらも歩かないうちに勾配がきつくなり、おまけに直径1センチほどの砂礫が深く、靴がもぐってしまい歩きにくい。
酸素が希薄なためかちょっと進んだだけでも息が切れる。
ガイドから寒いから厚着をするようにと言われてダウンジャケットの上からスキー用のジャケットを着ていたので汗ばんでしまい、寒いんだか暑いんだか不思議な感覚。
高山病の症状なのか思考力も鈍ってしまったようだ。
それでも一歩、また一歩と急な斜面をジグザグに登る。
疲労と酸素不足で数歩進んでは息を整え、また数歩、といった感じで上の方に見える岩のシルエットまでの距離が全然縮まらない。
でも足元の砂礫がいつの間にか赤茶色から灰色に変わっていた。
2時間ほどで「HANS MEYER CAVE(標高5170m)」に辿りついた。
かなり大きな岩で1メートルほどの窪みがある。そこに腰を下ろして皆、無言で休憩。
でも、じっとしていると汗が冷えてすごく寒く感じる。
いくらも休憩しないで、さらに上を目指して行動開始。
といっても体は思うようには動かず、歩いている時間と立ち止まっている時間とが同じくらいの超スローペース。
それでもどうにか砂礫帯を抜け岩場にかかった。
でも今度は砂礫帯と違って足が思うように上がらない。
ストックが邪魔になるが、それを握る手はスノーボード用のインナー付の手袋をしているのに、痺れるように痛い。
上の方がいくぶん明るくなってきて、頂上が近いような感じがしてきたが疲労が激しく、この辺りでは休んでいる時間の方が多い。
体力も気力も限界、もう歩きたくないと思って岩にもたれていたら、ガイドの「トゥエンティミニッツ・トェエンティミニッツ」の声に現実に引き戻されて、再び頂上を目指した。
そこからは20分も掛からずに、午前3時25分「GILLMAN’S POINT(標高5685m)」に到着。
「もう動けません」という感じで大きな岩の間に腰を下ろした。
無数の星が煌めく空を見上げ、今登って来た斜面を見下ろし、さらにその奥にマウエンジ峰が下に見えて、「やったー」という気持ちでいたら、「さあーウフルまでいくぞ!」といってガイドが歩き始めてしまった。
えっ!という気がしたが、急いで立ち上がり皆の姿を追う。
ここから先は急な登り道はなく、ちょうど富士山頂のお鉢周りのような感じ。
すぐに火口壁上に出て、岩陰の氷の上を行く。アイゼンの用意は無いので一歩一歩慎重に歩を進める。
左手やや下に大きな雪の壁(これがキリマンジャロの雪!?)、その奥にマウエンジ峰、右手は青白い万年雪に埋めつくされた大きなクレイター。
ウフル・ピークはまだ見えない。
頭上の大きな月もかなり傾いて真横から足元を照らしてくれている。
前を行く3人から完全に遅れてしまい、別の登山口からの道と交差している所で、どっちに行ったらいいのか迷っていたら、キボハッットで同室だった人とそのガイドが来たので一緒に行くことにした。
遠くにヘッドランプの明かりが見えてきた。
それがだんだんと近づいたら、そこが「UHURU PEAK(標高5895m)」だった。
待っていた2人とガイドと感激の抱擁。
記念写真を撮って辺りを見回すが周囲の景色は満天の星空の下に、わずかにシルエットになった山影の他に見えるのは、かなり遠くの方にかすかにケニアや登山口のモシの街明かりが見えるのみ。
アフリカ大陸での最高地点と書かれた大きな標識が無ければ、本当にここが山頂なのかわからない。
気温はマイナス15度、寒い。
すぐに今登ってきた道を引き返す。
火口壁の上から我々を照らしていた月がかなり傾いてきた。
その月は、ギルマンズポイントに近づくにつれて大きさを増して、色も徐々にオレンジ色にと変わってやがて、火口壁の彼方へと沈んでいった。
反対側の空では地平線を境にしてオレンジ色のラインが引かれ、ゆっくりと明るさを増してきている。
いくつかのパーティーとすれ違う。
ギルマンズポイントに着いた時にはすっかり明るくなり、登りには苦労した急斜面を下りはじめてすぐに、マウエンジ峰の左肩部から太陽が昇ってきた。
頂上を征服した達成感からか、足取りも軽くなるがどんどんと高度を下げ、砂礫帯は富士山の砂走りのようにして快調に下山。
7時20分にキボハットに到着。
広げたままにしてあったシュラフにもぐりこみちょっと休憩。
コックが食事を用意してくれたが食欲はあまり無い。
コーヒーとお菓子、果物だけを口に入れて、荷物をまとめて9時10分にホロンボハットに向けて出発。
まだ高度は富士山より高い。ホレポレ、ゆっくりゆっくり。
サドルのあたりで明日登頂を目指す人達とすれ違う。ジャンボー。
11時30分にホロンボハットに到着。
小屋の近くに水の流れがあって先日ここで、体を洗っていた女性の姿をちらっと見たのを思い出して、我々もそこへ行き冷たい水にタオルを浸して体を拭いた。
何日ぶりだろう?とても気持ち良かった。
昼食後は皆、思い思いに長い一日を振り返ってのんびりと休憩。
2月24日(木)=登山6日目
今日は山中で迎える最期の朝。6時に起きて外へ出る。今日も快晴!
キリマンジャロのやや左に沈む月と低い雲海から昇ってくる太陽を見て朝食。
7時10分に往き帰りと都合3泊したホロンボハットを出発。
時折キリマンジャロとマウエンジを振り返りながらただひたすら歩く。
10時15分にマンダラハット着。
気温がだいぶ上がってきたので、シャツを一枚脱いで休む時間もとらずすぐに出発。
樹林帯に入って、さらにスピードを上げてどんどん下る。
12時25分無事にマラングゲートに到着。
管理事務所で登山記録帳に誇らしげに「UHURU」と記入した。
ほかのページも見てみると、ウフルまで上った人の数は全体の3割ぐらいのようだ。
記帳を済ませ、迎えの車に乗り込みナカラホテルに戻って、ガイドからキリマンジャロ登頂証明書を受け取る。
昼食付のはずだったのに、無いという。レストランに行ってみても電気が消えていて人影もない。
とりあえずシャワーを浴びようということになって部屋に戻ると、メイドがきれいに洗われた登山靴を手に持って、2ドルといって手を出している。
部屋に入る時に泥だらけの登山靴を脱がされたのを思い出した。
にっこりと笑った顔を見たら、怒る気きにもなれずサンキュウーといって2ドル渡した。うーーんやられたー。
シャワーを浴びてさっぱりして、皆で非常用に用意していた食料を持ち寄っておしゃべりタイム。
夕食時にガイドを招いて祝杯。
結局、5人中5895mのウフルピーク到達3名、5682mのギルマンズポイント到達1名、4750mのキボハット迄1名という結果で、今回の登山は終わった。