= 2005年4月10日〜18日にかけて 《 麗しのイタリア 9日間     
       添乗員 今井トモ子さん 》 に参加しての記録です = 



4月10日(日)
JAL409便は13時ちょうどに成田空港を後にして、イタリアのローマを目指す。
離陸後1時間ほどで昼食、うとうととしながら映画を2本見て、また食事。
ローマの到着は、ほぼ定刻の18時45分。
日本をお昼に出てまだ明るい時間の到着と、ちょっと得をした気分。でもすごく眠い。
ユーロ圏はどこも出入国書類等の提出が不要となり入国はとても簡単。
今回宿泊するホテル(PRINCESS HOTEL)は繁華街からは、かなり離れた郊外の静かな地域にあって、ホテルへの到着は20時40分。ここに3連泊。
一番近くのスーパーマーケットまでも10分くらいはかかるので、日本から持ってきたパンを食べてシャワーを浴びてベッドへ。


4月11日(月)
朝6時にモーニングコールで起こされる。外を見ても、まだ街路灯の明かりに照らされた景色が見えるだけで、天気は良く判らない。
6時45分から朝食。でもヨーロッパのホテルでの朝食はいたって質素。
ホテルの出発は7時40分。パラパラと雨が降り始めてきた。
今日の予定は午前がバチカンの観光、午後はローマ市内の観光。
まず最初に観光のバチカンへは8時20分に到着。
バチカン博物館へ入場するために長い行列の後ろに並ぶ。
現地ガイドさんは「これくらいなら短いほうですよ!」と平然としていた。
傘を開いたり閉じたりしながら1時間以上も待って9時30分にやっと中に。
教科書や美術書に出てくるような作品の前では立ち止まって説明があるが、それ以外はわき目も振らずに早足で歩く、歩く・・・
素晴らしい絵画や彫刻の数々・・・特に天井を埋めつくした、浮き出て見える丁寧に描かれた壁画には驚き。
前ローマ法王の聖ヨハネ・パウロU世の葬儀が終わったばかりで、新法王を選ぶ「コンクラーベ」の準備のためとかで、お目当ての壁画「最後の審判」のある「システィーナ礼拝堂」に入れなかったのがちょっと残念。
この旅行に出る直前にテレビで法王の葬儀を見た、その場所に立っているちょっと不思議な感覚でサンピエトロ広場を歩き、スイスの傭兵に守られたサンピエトロ大聖堂に入った。
入ってすぐのところにミケランジェロの「ピエタ像」がある。
ものすごい混雑と照明が暗く細かい表情までは見れないが、これの複製がバチカン博物館にも展示されていた。
世界最大のカトリックの大聖堂というだけに絵画も彫刻も素晴らしいのだけれど、今日、法王が埋葬されるとのこともあってか、ラッシュアワーの山手線の駅を思わせる混雑に、ゆっくりと見学は出来ない。
昼食後はフォロ・ロマーノを見ながらコロッセオへ。
中に入る時間も無く、外観を見て再びバスに乗ってトレビの泉へ。
トレビの泉では小雨に濡れながらも、コインを投げ入れ、すぐ近くのお店でおいしいと評判のジェラートを買い、食べながらコインを投げる人、それを見る人・・・を見物。
その後はオードリーヘップバーンの「ローマの休日」の一場面となった、スペイン広場へ。
映画に出てきた階段を降りて、破れ船の噴水を見て高級品店の立ち並ぶ路地でのウインドーショッピング。
最後に「三越」に寄ってからホテルに戻って夕食。

4月12日(火)
今日も6時にモーニングコール。
6時30分からの朝食は昨日と同じで何となく物足りない。
7時30分にホテルを出て、今日はナポリ・ホンペイへと向かう。
南に下るに従って晴れてきた。道の両側に点在する農園では今が花の盛りのようで日本にいるような気分。
10時30分にポンペイに到着。すぐに遺跡の見学に。
後方に聳え今なお噴煙をあげるベスビオ火山の噴火で一瞬にして火山灰に埋まって、時間の止まってしまった街並みに入る。
ひょっこりと当時の人が現れてきそうな、そんな錯覚を覚えながら一回りした。
昼食は、遺跡のすぐ脇のレストラン「ベスビオ」で「スパゲティ・ボンゴレ」とシーフード。
その後、ナポリの市内を車窓から見学。
道路脇のガソリンスタンド・・・文字通りのスタンドは、屋根もない道路の脇にセルフの給油機が数台並んだだけの、至ってシンプルな造りにビックリ。
カプリ島を望むサンタルチア港近くで車外に出て写真を撮り、潮風を感じてローマへの帰途に。
ローマ市内に戻ってピッツァをメインにした夕食後にホテルに戻る。
明日は3連泊したこの「PRINCESS HOTEL」もチェックアウト。荷物をまとめてベッドに。


4月13日(水)
7時40分にホテルを出て、バスはフィレンツェへ。
途中の皮革工房にて休憩し12時少し前にフィレンツェに到着。
バスはアルノ川を挟んで対岸の小高い丘になっているミケランジェロ広場に向かう。
巨大なダビデ像の建つ、ミケランジェロ広場からは街全体がルネッサンス期の博物館のような、フィレンツェの街並みが一望に出来る。
フィレンツェの市街地内へのバスの乗り入れは出来ないので徒歩での観光になる。
まずはシニョーリア広場へと向かい、すぐ近くのレストランにてチキンがメインの昼食。
その後、最初に訪ねたのは洗礼堂の「天国の門」、そして「ジョットの鐘楼」を見上げながら「ドゥオモ」に入る。
内部の美術品も著名なものが多いが、薄暗くて細部までは見ることはできない。円形のステンドグラスがきれいだった。
次いで、教科書にも出ていた、ボッティッチェリの「春」「ビーナスの誕生」等が収められたウフィッツィ美術館へ。
ほかにもレオナルド、ラファエロ、ミケランジェロ等々といったルネッサンスを代表する作品が多く展示されていて、時間をかけてゆっくりと見ていたいのだがツアーの旅行ではそうもいかない、足早に展示を見て、ベッキオ橋を往復して再びシニョーリア広場へと戻ってきた。
あっという間のフィレンツェの観光を終えてバスに乗りフィレンツェ郊外のプラートという街にある「PALACE」というホテルに19時チェックイン。



4月14日(木)
今日は8時25分にホテルを出発、ピサの観光をしてからベネチアの対岸のメストレまで。
ピサまでは2時間ほど。ピサへも外からの車は乗り入れは禁止。
駐車場からシャトルバスに乗り換えて観光に向かう。
ここでの観光はピサの斜塔、ドゥオモ、洗礼堂と隣合っていて、まずは斜塔の入場チケットを買い求める。
ピサの斜塔への入場は厳しく制限されていて11時40分の入場チケットが買えた。
それまでの間に、ドゥオモ、洗礼堂を見学。
ドゥオモでは「ガリレオ」が「振り子の法則」を発見したといわれる、高い天井から吊り下げられているシャンデリアを見、大きなドーム屋根の洗礼堂ではその音響の素晴らしさを体験。
斜塔は建設途中から傾き出し、修正を加えながら建設されたとのことで、途中から角度が変わっている。
内部は壁の内側が螺旋階段になっていて、最上階まで登れる。
最上階は2層になっていて、大小の鐘が吊り下げられている。
ぐるりと一回りしてみたが、上からは傾いて建てられているのは判らなかった。
降りようとしたらちょうど正午の鐘が鳴り出した。
電気仕掛けでハンマーが動くようになっていた。
観光後、すぐ近くのレストランでラザニアをメインにした昼食。
ここは「ピノキオ」の生まれ故郷とかで、ピノキオのおもちゃが多く売られていた。
午後2時にシャトルバスに乗り、バスに乗り換えてメストレへ。
途中での休憩を挟んでメストレの「HOTEL ALEXANDER」への到着はきょうも19時。

4月15日(金)
今日のホテルの出発はちょっと早く、7時35分。
8時にボートに乗り換えてベニス=ベネチアへは15分ほどの大型船等を眺めながらの船の旅。
ベネチアではまずドゥカーレ宮殿に入る。
「黄金の階段」を昇って振り返ると、ただの通路であるはずの階段までもが豪華な造りになっていることに驚く。
この宮殿でもたくさんの絵画や展示品等を見て、囚人たちが小窓から外を見て溜め息をついたと言われる「溜め息の橋」も渡ってサンマルコ広場に出て、サンマルコ寺院へ入場する行列に並ぶ。
見上げるサンマルコ寺院の豪華なファサードに圧倒される。
今まで見てきたキリスト教の教会と違ってサンマルコ寺院のファサードはイスラム寺院を思わせる半円形のアーチが多く取り入れられていてエキゾチックな感じを漂わせている
午前中の残りの時間は自由時間となったので、細く曲がりくねった道を、壁に書かれた「RIALTO」の矢印を頼りにリアルト橋に行き、橋を渡って市場を一周して、今度は「S.MARCO」の矢印を追いながら修学旅行生や観光客で混雑するサンマルコ広場へと戻ってきた。
ベネチアングラスの工房を見学して昼食のレストランへ。
この日の昼食はイカ墨のスパゲティー。文字通りに真っ黒で食べた後は口の中も真っ黒。
その後名物のゴンドラに乗り込んで運河へと・・・
運河といっても路地裏のような小運河では水の流れが殆んどなく、汚れた排水で強烈に臭い。
小運河から大運河へと出て、さきほど歩いて渡ったリアルト橋をくぐり抜けて再び小運河へと入り出発地点へと戻ってきた。
悪臭に旅行前に抱いていた”優雅にゴンドラで・・・・”といった、イメージが崩れてしまいガッカリ!
ゴンドラを降りて迷路のような道をウインドーのディスプレイを覗き見しながら船着場に戻って、14時45分ボートに乗り込み船窓より遠ざかるベネチアを後にした。
高速道路の快適なドライブ、途中のみやげ物店での休憩を挟み18時少し前にミラノに到着。
この日の夕食は市内のレストランで名物料理の「ミラノ風カツレツ」。
予約の時間までファッションの街でのウインドーショッピング。
その後レストランでの夕食となったが、「ミラノ風カツレツ」は予想に反して小さくて物足りない。味もイマイチ。団体メニューだからなのかな?
なんでこんなのが名物料理なの?って感じ。
食後はミラノ市のはずれの新しい住宅団地にある「JOLLY HOTEL MILANO 2」へ。


4月16日(土)
6時15分にモーニングコールで起こされ、7時からホテル内のレストランで朝食。
このホテルでの朝食はおいしかった。エスプレッソマシーンでのコーヒーもGOOD!
8時にバスに乗ってミラノ市の北に位置するコモ湖へと向かう。
途中から雨となってしまった。
せっかくの「コモ湖の休日」もちょっと残念。
オフシーズンの雨降りとあって観光客らしき人影もまばらな中、遊覧船に乗り込み湖を取り囲むように建てられた著名人の豪華な別荘を湖上より見て廻る。
天気が良ければアルプスの山々が見れるはずなのだが残念ながら今日は霞の中。
その後はドゥオモに入り内部を見学、重厚な感じの主祭壇、周囲のステンドグラス、どちらもシンプルだが落ち着いた雰囲気。
折から広場で開かれていたスイーツの市場を見てコモ湖を後にした。
ミラノに着く頃には雨も上がり雲の間からはアルプスの山並みも見えている。
「リゾット」の昼食を食べて徒歩でミラノの市内観光に。
まず最初は「スカラ座」の前に。
中に入ってみたいけれど今回の旅行では入場見学は含まれていない。
スカラ広場でレオナルド・ダビンチとその弟子の像を見て、高いガラス天井が美しいガレリアを通り抜けてドゥオモ広場へ。
ミラノのドゥオモははイタリアンゴシック建築の最高傑作といわれるだけあって、美しく荘厳である。
天に向かって突き立てられた無数の尖塔と高さを強調する縦のラインを基調にしている。
十字のクロスする部分の尖塔最上段に掲げられている「黄金の聖母マリア像」の高さは100mを超える。
内部も、高く天に伸びるようなステンドグラスが目をひく。
ちょうど明日のミサの準備なのか美しいコーラスが響いていた。
ドゥオモを出てバスに乗り街路に植えられた「ユダの花=花すおうと思われる」に日本の桜を思い出しながら「サンタマリア・デレ・グラッツィエ教会」へと向かう。
ここでのお目当ては隣接する食堂の壁に描かれた、レオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」である。
17時15分のチケットが買えたのでそれまでの時間に教会内を見学。
先ほど見た、ドゥオモの荘厳な雰囲気とはまったく対照的で、主祭壇の周囲は真っ白な大理石で囲まれて、明るい感じの親しみやすい感じを漂わせている。
時間になったので「最後の晩餐」を見るために見学用の入り口に集合。
壁画の保護のために完璧な空調がなされていて、まず見学者全員が手前の部屋に入り一旦扉を閉め切ってから壁画のある部屋の扉が開く。
今回の見学はわずか15人ほどだったので、すぐ近くから見たり、遠く離れたり、右から、左からと広い食堂内を自由に歩き周り、遠近法を駆使して描かれた名画を堪能。
反対側の壁に掲げられた、モントルファノの「磔刑」も見事だった。
これで、この旅行でのすべての見学を終えてバスは昨晩と同じホテルへと向かった。
シャワーで汗を流して19時30分より参加者全員揃っての「最後の晩餐」となった。
料理もこの旅行中で最もおいしく豪華で、旅行を振り返っての楽しいおしゃべりに時間だけが過ぎていった。


4月17日(日)
イタリアでの最終日はモーニングコールなし。
でも、6時に目が覚めてしまい、ジョギングウェアに着替えて、休日の朝とあって静かな住宅街を一回りして、シャワーを浴びて朝食会場へ。
おいしいエスプレッソを口にしながら、またイタリアへは来たいな!と強く思った。
11時30分にホテルを後にして日本への帰国の途につく。
帰路はミラノ・リナーテ空港より、アリタリア航空の116便でアムステルダムへ。
アムステルダムで20時15分発の日本航空412便に乗り換えて成田へと帰ってきた。
成田の到着は翌18日の14時30分(飛行時間は10時間15分)。





《旅行を振り返って》
キリスト教徒ではないけれど、前ローマ法王、ヨハネ・パウロU世の葬儀の模様をバチカンからの中継で見た直後のイタリア訪問となっただけに、心に残る旅行になった。
南のポンペイから北のコモ湖まで、バスでの移動はただ駆け足で通り過ぎただけ・・・といった感もあるが、イタリアについては大体わかったような気がする。
この次にはもう少し時間をかけてじっくりと見てみたい。




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